THE NEWZ Vol.28 日本語
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経済面でも大きな損失が生じます。海外では AI を活用した迅速な診断や遠隔治療が標準になりつつあるため、日本の医療ツーリズムや国際共同研究が競争力を失いかねません。質の高い医療データが集まらなければ国内の AI スタートアップは成長しにくく、優秀な研究者が海外へ流出する可能性も高まります。さらに国際連携でも不利になります。世界の医療機関がデータや AI モデルを共有して診断精度を高める流れに乗り遅れれば、日本は最新知見を即座に取り込めず、パンデミックや大規模災害時の協力ネットワークからも取り残される懸念があります。このように課題を放置すれば、患者さんの命、医療従事者の働き方、産業競争力、そして国際連携まで幅広く悪影響が及びます。中国は国家主導のデータ一元化と大規模実証で突き進んでいます。政府が医療データ基盤を整備し、大学と IT 企業が共同で AI 医師を訓練する仕組みを敷いた結果、診断精度の高いシステムを短期間で実装しつつあります。個人情報保護の議論は限定的ですが、市場規模と政策の後押しが導入を一気に加速させています。これらの事例を比べると、米国は市場と保険の連携、欧州は安全性と実証の両立、中国は国家主導という三つのアプローチで壁を乗り越えています。日本は慎重な審査を維持しつつ、データ共有や実証の場を整えない限り、導入の遅れと医療格差を縮めるのは難しいと言えます。次にデータの問題を解くカギは、匿名化を前提とした全国規模のデータ循環です。専任機関が利用目的を管理し、追跡可能な形で研究者や企業に提供する枠組みを整えれば、病院は安心してデータを共有でき、国内で高精度なモデルを育てられます。これと並行して、老朽化した電子カルテや画像サーバーの更新を公的補助で後押しし、地方や中小病院でも AI が動く土台をそろえることが不可欠です。四つの壁が取り払われないまま残れば、日本の医療現場と社会は確実に揺らぎます。まず患者さんへの影響として、画像診断支援 AI が普及しなければ検査画像の確認に時間がかかり、がんや脳卒中のように迅速な対応が求められる病気の発見が遅れるおそれがあります。特に専門医が少ない地方では診断結果が届くまで数日待つ状況が常態化し、都市部との医療格差がさらに拡大します。医療従事者の働き方も厳しくなります。カルテ入力や問診整理を AI が補助しない場合、医師は診察後に長時間パソコンに向かい続け、過労による離職が増えやすくなります。人手不足は医療の質を下げ、残った医師にさらなる業務負荷をもたらす悪循環を招きます。医療 AI の普及が進む国々を見ると、日本と同じ課題に直面しながらも、それぞれ別の突破口を見いだしています。米国では民間保険や IT 企業と連携し、実装と費用償還を並行して進めるしくみが整っています。メイヨー・クリニックが導入したデジタル病理プラットフォームはその代表例で、AI が病理画像を数分で解析し、保険会社も診断コストとスピードの改善を評価して費用負担を認める方向に動いています。欧州連合は 2024 年に成立した EU AI Act により、医療AI を「高リスク」と位置づけて厳格な安全基準を課しましたが、その一方で規制サンドボックスを用意し、開発企業が臨床データを使いながら検証と申請を同時に進められるルートを確保しました。厳しさと実装スピードの両立を図るこの枠組みは、日本が苦手とする「守りながら進める」方法として注目されています。日本の医療 AI を加速させるには、保険制度、データ活用、病院インフラ、人材という四つの壁を同時に低くする必要があります。まず保険制度については、厳格な本審査だけに頼るのではなく、安全性が確認できた段階で期間を区切った「条件付き先行収載」を採り入れることで、現場での実測データを集めながら評価を深める方法が有効です。欧州が導入した規制サンドボックスが示すように、使いながら検証する仕組みがあれば導入スピードと慎重な審査を両立できます。3. 課題を放置すると日本の医療はどう変わるのか4. 海外ではどう壁を乗り越えているか5. 日本はどう壁を乗り越えるか17

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