キングスカレッジロンドン(イギリス)南橋 綾乃1. はじめに図 1・2 が示すように、医療 AI 市場規模は日英ともに着実な成長が見込まれており、両国はともに世界平均以上の市場成長スピードを保持しています。よって、医療 AIの実装や技術開発が今後ますます活発化することが期待されますが、課題への対応には制度的・文化的な違いが見られます。本稿では、まず両国における患者の位置づけ、次に実装評価に焦点を当てて比較します。まずひとつ目の違いは、AI 導入における患者の位置づけです。医療 AI 導入に関する議論では、日本では「患者」が自律的な意思決定主体ではなく、ただのデータ提供者やサービスの受け手として受動的に扱われています。AI 導入において、制度や技術の設計が、医師・行政・開発者目線で構築されています。厚生労働省によると、患者の立場に関する記述は、データ提供者、またはサービスの受益者としての位置づけに限られており、AI に関する選択権や説明の必要性が明記されていない点は、患者の立場から見た AI 導入の影響が検討対象になっていないように見受けられます。日本の制度設計において「患者の位置づけが受身」と判断できるのは、1) 患者の権利 ( 選択・拒否・異議申し立てなど ) についての明確な記載がない、2) 患者が「関与主体」として想定されていない、3) あくまで医師・行政・開発者視点で制度が構築されている、という 3 点によるものです。一方イギリスでは「AI を使うかどうかは最終的に患者の選択に委ねる」という姿勢がある点が日本との違いです。英国医師会 (British Medical Association) は、「患者は AIを医療に使われるかどうかを自分で選ぶ権利、AI の関与を拒否できる権利を持つべき」、そして「AI の出した診断や提案について患者は意義を唱える権利を持つべき」と、患者の権利が明記されています。つまり、イギリスではAI 導入に際して患者の自律性と選択権が保護されるべきと考えられているのです。英国医師会はさらに、AI の医療利用には見逃し、誤診、不適切な介入などの主要なリスクがあると指摘していま近年、医療分野での AI 活用が拡大しています。具体的には、AI による画像診断支援、医薬品開発、診断・治療支援など、幅広い分野で活用されています。医療 AI 導入の主なメリットは診断精度の向上、予防、早期介入、医療従事者の負担軽減と経済的メリットなどです。デメリットは、誤診リスク、透明性の欠如、説明責任の曖昧さ、偏見、プライバシー懸念などが指摘されています。これらの課題は世界共通のものですが、各国の対応方針には違いがあります。図 1. 日 本・ イ ギ リ ス・ 世 界 の 医 療 AI 市 場 成 長 予 測(2023-2030 年 )図 2.CAGR( 年 平 均 成 長 率 ) の 比 較 (2023-2030年)出典:Grand View Research (2024)2. 患者の位置づけ 6医療 AI 導入の課題への対応:日英比較
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