の知見が必要です。これは、AI 導入は技術だけでなく、人間との関係性の設計も含めた社会技術的課題だという視点です。これは医療制度、倫理観、医療者、患者の価値観とどう調和するかを含めた導入設計で、AI がいかに医療文化のなかで受容されるか、という「人間・制度・技術」の関係に焦点を当てています。その例として、2025 年に設立された「AI と医療の関係研究所」があります。ここでは、AI 導入の倫理的・制度的課題の検証、社会的実装に向けたモデル提案などに取り組んでおり、医療 AI の導入を技術・制度・文化と多角的に探究しています。これらのことから、医療 AI の技術的な性能そのものだけでは現場に導入できないという点で両国は同意しているものの、対応には違いがあります。イギリスは実装評価 (= 現場での技術的有効性の検証 ) を重視しているのに対し、日本は「実装評価の一部として、社会や文化とどう調和させるか」という広い意味での実装に重きを置いています。本稿では、医療 AI における課題への対応として、日本とイギリスのアプローチを比較しました。両国はいずれも AI 技術の医療応用に積極的ですが、課題への対応には制度的・文化的な違いが見られます。イギリスでは患者の権利と臨床現場での実効性に重点を置き、制度的枠組みの整備を進めている一方で日本では、医療現場の文化や社会制度との調和を重視し、AI 導入を社会的プロセスとして捉えてはいるものの、患者の権利保障への対応の面に関しては整備体制が弱いように考えられます。これらは単なる優劣の課題ではなく、各国の医療制度、倫理観、社会構造に根差したものであり、どちらにも意義があります。両国の異なる対応は、それぞれにとって学びとなり得るものであり、今後の医療 AI 活用の発展において、相互補完的な視点を提供するものといえるでしょう。す。診断精度の問題だけでなく、AI が医療現場で誤った判断や行動を引き起こす可能性を正面から認識しています。またAI 主導の医療技術は社会的に不利な状況にある人々 ( 例:貧困層、少数民族 ) に不利益をもたらす可能性があり、AI が社会的格差を助長する可能性についても明言しています。これらのことから、英国では AI 導入のリスク ( 誤診・偏見・社会的不平等など ) を正面から認識したうえで、「患者の権利保障」という形で制度的対応を明言しています。一方、日本では患者は受け身であり、こうした懸念への制度的対応が弱いように見えます。比較から、英国は患者中心の倫理観を重視しているのに対し、日本のアプローチは医療従事者・制度側中心であることがうかがえます。ふたつ目の違いは、懸念に対する対応に制度的・文化的な差異が見られる点です。実装評価とは、技術や制度が現場で本当に役に立つかを検証することです。日英ともに、「AI の技術性能だけでは現場に導入できない」という共通の課題を認識していますが、それに対して、現場主義的制度化 ( イギリス )・文化的実装 ( 日本 )・という異なる対応を見せています。英国医師会が強調するのは、「AI はラボでの精度ではなく、臨床現場で実際に役立つかが評価の基準である」という点です。英国医師会は、多くの研究がラボでの AI 精度 (= 理想条件下の技術性能 ) にばかり焦点を当てているのではないかと主張します。例えば、Google が開発した AI 診断システムが、ラボでは高精度だったのに、実際の医療現場ではうまく機能しなかったという事例があります。これは、ラボでは高品質なトレーニング画像を使い、明るい照明・良いカメラなど理想的な状態だったのに対し、実際の医療現場では画像の質が低いため、AI が基準を満たさない画像には返答しなかったためです。本来は「医療スタッフ不足を補う」ために用いられていたはずが、逆に医療スタッフは患者対応に追われました。この事例は、現場で「どう使われるか」を逆算した AI 設計が必要であること、ラボでの試験後に、現場での有効性を評価する段階、すなわち実装評価が必要だと示しました。英国医師会は、「ラボだけでなく、現場でも効果的に機能する AI モデルは非常に少ない」と認めつつ、すでに制度として実証評価を導入するなど、対応は進んでいます。反対に、日本ではまだイギリスのような「臨床現場における実用性」を明確に制度化した枠組みは発展途上です。本稿で紹介するのは、東京財団の藤田氏が提起する「文化的実装」です。単に AI を医療に導入するだけでは不十分であり、それが現場で有効に機能し受け入られるためには、「社会制度」「医療現場の文化」「価値観」といった社会文化的なベースに適合させる=「文化的実装」が重要なプロセスになります。例えば、AI がどれだけ良い提案をしても、医師の業務フローにうまく組み込まれていないと意味がありません。また、「提案の形式」や「誰が患者に説明するか」なども、文化的配慮や人間工学3. 実装評価4. おわりに7
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