THE NEWZ Vol.31 日本語
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表 2:カナダにおける主要薬物の合法性・リスク比較 一方、カナダでは 2018 年に大麻が合法化され、私が住むトロントでも街中で大麻を使用する人々を日常的に見かけるようになりました。もう一度表 1 を見てみると、カナダでの薬物使用率は他国と比べても非常に高いことがわかります。特に大麻の生涯経験率は 41.5% と、日本の 1.4% に比べて圧倒的に高く、アメリカ(44.2%)とほぼ同水準です。 また、表 2 に示すように、カナダには大麻以外にも違法ではありながらもコカインやヘロイン、フェンタニルなどの薬物が存在し、それぞれ合法性や依存性、中毒症状に違いがあります。これらすべての薬物が、幻覚を引き起こしたり、強い依存性をもたらしたりと心身に悪影響を及ぼす中、特にこの表の一番下にあるフェンタニルは極めて致死性が高い薬物として深刻な問題となっています。出典:あらかわタイムズ「カナダの街に広がる薬物問題と日本の違法薬物政策の重要性」(2025 年 6 月 29 日) フェンタニルは医療用に開発された合成オピオイドの一種で、モルヒネの 50 〜 100 倍の鎮痛効果を持ち、わずかな量で致死量に達する危険性があります。 また、フェンタニルは違法市場で他の薬物に混入されやすいため、使用者がそれを知らないまま摂取してしまい死亡するケースが多発しています 。カナダでは 2016 年にブリティッシュ・コロンビア州で薬物過剰摂取による死亡の急増を受け、公衆衛生上の非常事態が宣言されました。この事態はオピオイド危機と呼ばれ、現在も深刻な社会問題として続いています。図 2:フェンタニル出典:Rising Phoenix “Long-Term Effects of Fentanyl” (2025) より引用 では、どうしてカナダ政府はこのような状況の中で大麻を合法化したのでしょうか。その背景には、薬物使用は個人の自由であり、医療や福祉を通じて支援すべき、という社会的価値観があります。また、合法化によって課税や産業振興を通じた経済効果を狙う意図もあります。こうした考えに基づき、カナダでは薬物を完全にやめさせることよりも、使用による健康被害を最小限に抑えることを重視するアプローチ、ハームリダクション(害の軽減)という政策が広く導入されています。具体的には、注射器の使い回しを防ぐための交換プログラムや、Safe Injection Site、と呼ばれる監視下で薬物を使用できる施設の設置などが行われています。 また、薬局薬剤師も重要な役割を担っています。オピオイド依存症患者に対しては、オピオイド作動薬療法(OAT)を導入して、医師と連携しながら適切に処方された薬の服用をサポートしています。これにより、ストリートで購入した薬に含まれる不純物によるリスクを避けつつ、安全に依存からの離脱を目指しています。さらに、薬局ではナロキソン・キットの提供も行われています。ナロキソンはオピオイドの過剰摂取時にその作用を一時的に止め、呼吸の回復を助ける薬であり、このキットの普及は OD ( オーバードーズ ) による死亡を防ぐ重要な手段となっています。こうした取り組みは大都市だけでなく、中小規模都市や農村部でも試みられています。例えば、ブリティッシュ・コロンビア州内陸部では移動式の消費施設や、携帯アプリを使った緊急通報システムが導入されるなど、地域ごとに柔軟な対応が模索されています。全体として、カナダは薬物問題に対して薬物使用をなくすことよりも、薬物をどう社会の中で管理するかに重点を置いています。しかし、ハームリダクションなどの政策によって被害の削減を目指しているものの、健康被害を完全に防ぐことはできていないのが現状です。3. カナダの薬物問題7

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