THE NEWZ Vol.32 日本語
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6ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学(ドイツ)若林 大毅日本におけるスイッチ OTC 政策の展開と課題 このセルフメディケーションを支えているのが、ドラッグストアなどで購入できる一般用医薬品(OTC 医薬品)です。OTC(Over The Counter)とは、医師の処方箋がなくても薬局やドラッグストアで購入できる薬を指し、風邪薬や整腸薬、目薬などがこれに該当します。 さらに、医療機関で処方されていた医療用医薬品のうち、安全性や有効性が確認された成分を一般向けに転用したものを「スイッチ OTC」と呼びます。つまりスイッチ OTC は、医療用医薬品を市販用に切り替え、より効果の高い成分を自宅で使用できるようにした仕組みといえます。たとえば、ドラッグストアで広く販売されているロキソニンS(鎮痛薬)やアレグラ FX(アレルギー性鼻炎薬)、ガスター10(胃酸抑制薬)などは、もともと医療機関で処方されていた薬が一般用に転用された代表例です。近年では、避妊薬や胃薬などのスイッチ OTC 化も進み、購入できる薬の範囲が拡大しています。 こうした取り組みは、国民が自らの健康を管理する環境を整えるとともに、公的医療保険の財政負担を軽減できると期待されています。可能となります。さらに、2025 年 5 月には改正医薬品医療機器等法が公布され、医薬品の品質・安全性の確保とともに、販売体制の柔軟化が進められました。改正では、薬剤師による対面販売を原則としつつ、特に丁寧な服薬指導が必要な薬については、例外的に対面販売を継続できる新たな販売区分が設けられました。これにより、利用者の安全確保と利便性の両立を図りつつ、スイッチ OTC のさらなる拡大を後押しする制度的基盤が整備されたといえます。 加えて、2017 年にはスイッチ OTC の購入を後押しする「セルフメディケーション税制」が創設されました。特定健診や予防接種などを受けた個人が、対象薬の購入額が 1 万 2,000円を超えた場合、超過分を所得控除できる制度です。ただし、利用者は約 5 万人にとどまり、認知度の低さや医療費控除との併用不可が課題とされています。 こうした取り組みにより制度の透明性は向上しましたが、依然として承認件数の伸びは限定的であり、企業の開発コストや国民の意識の問題など、普及にはなお課題が残されています。2023 年データによると、日本人の一人当たりの年間外来受診 日本では、セルフメディケーションの推進を目的として、スイッチ OTC の承認体制が段階的に整備されてきました。もともと候補成分の選定は日本薬学会が中心となり、関係する医学会と協議して承認可否を判断していましたが、2016 年(平成 28 年)に制度が大きく改正されました。以降は、消費者や学会、業界団体などから幅広く要望を募り、厚生労働省の「評価検討会議」で審議する仕組みへと移行し、企業が転用の見通しを立てやすくなりました。 この制度変更後、スイッチ OTC の承認は年間 0 〜 4 件程度で推移しており、慎重な評価のもとで進められています。政府は制度を後押しするため、申請手続きの簡素化や販売ルールの明確化も進めています。2024 年 10 月の改正では、医療用と有効性・安全性・用法・用量が同一であれば、新たな臨床試験資料の提出を不要としました。また、同年 8 月からは製品に 2 次元コードを付し、購入者がオンラインで回答する形式の安全性調査も可能となり、製薬企業の負担軽減と安全管理の両立が図られています。 販売ルールも整備されており、転用後 3 年間は薬剤師による対面販売が義務付けられ、その後にオンライン販売へ移行 日本では、医療費の増加が続いており、医療資源の効率的な活用が求められています。OECD(経済協力開発機構)の回数は約 11 回にのぼり、韓国に次いで多い水準となっています。こうした頻繁な受診は、医療へのアクセスの良さを示す一方で、軽度な症状でも医療機関を利用する傾向が強いことを意味します。そのため、医療現場の負担軽減や医療費抑制の観点から、軽症段階で自ら対応する「セルフメディケーション」の推進が政策的に重視されるようになりました。スイッチ OTC とセルフメディケーション政策

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