THE NEWZ Vol.32 日本語
9/18

8東京理科大学大学院(日本)伊藤 知尋 はじめに 第 1 章: 1 枚のカードが「カルテ」で「お薬手帳」に? 台湾医療 DX が示す高い効率性 第 2 章:AI がうつ病を「見える化」? 豊富なデータが拓く未来のテクノロジー 本稿では、日本の隣人である台湾に焦点を当てます。調査を進めると、そこには日本が参考にできる点も多い、効率的で先進的な医療の世界が広がっていました。本レポートは、台湾の医療 DX と先端医療技術の実態を紹介し、その事例から、日本の医療の未来を考える上での一つの視点を得ることを目的とします。推進した要因の一つと考えられます。政府主導で 2004 年にIC カードへの全国民切り替えを完了させ、2009 年からは電子カルテ導入を国が支援し、情報交換基盤を整備しました。 翻って日本では、政府が「医療 DX 令和ビジョン 2030」で電子カルテ導入率 100% を目指すも、2023 年時点で一般病院の普及率は 65.6% に留まります。特に、400 床以上の大病院では 93.7% に達する一方、200 床未満の中小病院では 59.0%と、医療機関の規模によるデジタル化の格差が見られます。多数のステークホルダーが存在する分権的な制度の下では、統一基盤の構築に向けた合意形成に時間を要する傾向があり、改革が漸進的になりやすいという側面があるのかもしれません。台湾の事例は、制度設計が国のデジタル競争力に影響を与える可能性を示唆しています。して注目されています。 また、高齢化社会の課題である骨粗鬆症に対しては、采風智匯(AIM)社などが、既存の胸部 X 線画像から AI でリスクを数秒で判定するシステムを開発しました。追加の検査や被ばくを伴わない「機会的スクリーニング」として疾患の早期発見に貢献する可能性があり、国際的にも評価されています。 さらに、一刻を争う救急医療の現場でも新しい技術が導入されています。Deep01 社が開発した AI 診断補助システムは、頭部の CT 画像から脳出血を 95% という高い精度で自動検出します。医師が画像を確認するまでの時間を大幅に短縮し、救命率の向上に貢献する技術として、台湾国内だけでなく米国 FDA の認可も取得し、グローバルに展開されています。を AI で解析し、うつ病リスクを客観的な数値として「見える Z 世代の将来において、社会保険料の負担増は避けては通れない課題です。日本の国民皆保険制度は世界に誇るべき仕組みとして長らく機能してきましたが、急速な少子高齢化の波はその持続可能性に大きな問いを投げかけています。現在の若者世代は受益者であると同時に、制度を支える次代の担い手でもあります。しかし、その制度設計や医療のあり方について、当事者として考える機会はこれまで十分に提供されてきたとは言えないかもしれません。 台湾医療の先進性を示す一例が、国民の 99% 以上が持つ「全民健康保険(NHI)IC カード」です。これは単なる保険証には留まりません。医師は患者の同意の下、クラウド上の「NHI MediCloud」にアクセスし、過去の受診歴、処方薬、アレルギー情報、さらには CT や MRI といった画像データまで、包括的な医療情報を瞬時に照会できます。これにより重複投薬や不適切な薬剤の組み合わせを防ぎ、安全で質の高い医療の効率的な提供に貢献しています。 この高度な情報連携の根幹には、1995 年に導入された「全民健康保険(NHI)」の制度設計があります。数百の保険者が存在する日本の分権的な制度に対し、台湾は「中央健康保険署」という単一の政府機関が全体を管轄する中央集権的な「単一支払者制度」を採用しています。 この中央集権体制が、国家戦略としての医療 DX を強力に 統一されたデジタル基盤は、台湾のヘルステック分野の発展を促す触媒としても機能しています。NHI を通じて蓄積された国民全体の質の高い医療ビッグデータは、AI 開発における貴重な資源となり得ます。2020 年、台湾政府は「六大核心戦略産業」の一つに「プレシジョンヘルス(精密医療)産業」を位置づけ、医療データを国家の戦略的資産と捉え、ICT 産業の強みと融合させることで、新たなイノベーション創出を後押ししています。 その成果は「課題解決型イノベーション」として現れ始めています。 精神医療分野では、宏智生醫(Brain-Navi)社が、脳波(EEG)化」する AI 医療機器「憂可視」を開発しました。これは、従来医師の主観的な問診に頼る部分が大きかった診断プロセスに、客観的なデータという新たな判断材料をもたらすものと台湾の医療 DX から日本の未来を考える

元のページ  ../index.html#9

このブックを見る