10 チェコで医学生として学ぶ中で、私は日本とは異なる文化・宗教観・法制度のもとで行われる終末期医療や在宅医療に触れてきました。しかしその一方で、「人生の最終段階をどう支えるか」という問いに対しては、日本と共通する悩みや葛藤もあるように感じました。病院と在宅の距離感、患者本人の意思決定への向き合い方、医療者の役割、そして制度の設計。似ている部分もあれば、文化や社会背景の違いによって大きく異なる部分もあります。 この記事は、一人の医学生としての視点と、インタビューさせていただいた長年現場で患者・家族と向き合ってこられた専門医の先生の視点を重ね合わせながら、日本とチェコの終末期医療・在宅医療を、制度・法律的な側面と実際の臨床現場でのあり方の両面から比較し、それぞれの国が「人生の最終段階」とどのように向き合っているのかを考えていきたいと思います。<チェコにおける枠組み> チ ェ コ で は、2011 年 の 医 療 サ ー ビ ス 法(zákon č. 372/2011 Sb., o zdravotních službách) 第 36 条 に お い て、事前指示(dříve vyslovené přání)が法的に明確に位置づけられています。具体的には、• 書面で作成し、署名は公的に認証されていること• 医 師 に よ る 起 こ り う る 結 果 に つ い て の 説 明 書 面 が 添 付 されていること• 有効期間は原則 5 年で、いつでも撤回可能といった形式要件が定められており、要件を満たした事前指示は医療者を法的に拘束します。ただし、安楽死など能動的に生命を終わらせる行為の要請は対象外で、未成年者のものや能力を欠く者によるものは無効、緊急時で内容確認に時間を要する場合などには例外が認められています。 代理決定については、医療サービス法上「近しい人:配偶者、親、子、兄弟姉妹、登録パートナーなど」の概念が明文化されており、本人が意思表示できない状態に陥った場合に同意・不同意を表明できる主体が定められています。本人による事前の意思表示(事前指示)と家族等の判断が食い違う場合は、原則として事前指示が優先される構造になっています。さらに、能力を欠く成人については裁判所が後見人を選任する枠組みもあり、医療同意の主体が制度上はっきりしているのが日本との大きな違いです。 みなさんは、「終末期医療」と聞くとどのようなイメージを持つでしょうか。 「重い」「暗い」「まだ自分には関係ない」――そんな印象を抱く人も少なくないかもしれません。 ですが、終末期医療は決して “ 遠い世界の話 ” ではありません。それは、いつかの自分自身の話かもしれないし、あるいは親や祖父母、大切な人の人生に関わる話かもしれません。日本では、「最期を自宅で迎えたい」と希望する人が多い一方で、実際には多くの人が病院で亡くなっているという現状があります。近年、高齢化が進む中で、終末期医療や在宅医療のあり方は、単なる医療制度の問題ではなく、「どこで、どのように生き切るか」という人生観そのものに関わるテーマになりつつあります。 日本では、終末期医療における意思決定について、明確な法律というよりも厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2018 年改訂)が中心的な指針となっています。このガイドラインの特徴は、特定の文書や様式に法的拘束力を持たせるのではなく、本人・家族等・医療ケアチームによる「繰り返しの話し合いのプロセス」そのものを重視している点です。「人生会議(ACP)」という愛称が広められたのもこの流れの中にあります。 リビングウィルや事前指示書については、法的拘束力を持つ制度は存在しません。インフォームドコンセントについても、医療法第 1 条の 4 第 2 項で「医師等は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない」と努力義務として規定されているのみで、違反に対する直接的な罰則はありません。実務上の効力は、判例の蓄積(説明義務違反による民事責任)によって支えられている部分が大きいといえます。 本人の意思決定能力が失われた場合、日本では制度的な空白が大きい点が課題です。成年後見制度における後見人は、現行法上、医療同意権を持たないと解されています(身上監護の範囲には含まれない)。実務では「家族等」が事実上の代理決定者となりますが、家族の範囲や優先順位は法定されておらず、家族間で意見が割れた場合や身寄りのない方の場合に判断が困難になる場面が少なくありません。ガイドラインでは、本人の意思が確認できないときは「家族等が本人の意思を推定できる場合はその推定意思を尊重し、推定できない場合は本人にとって何が最善かを、家族等と医療ケアチームで慎重に判断する」とされています。マサリク大学(チェコ)川野 知夏 はじめに 1 . 制度・法律 — 誰が決めるのか在宅で迎える最期 — チェコと日本の終末期における在宅緩和ケア、その共通点と違い
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